いるは〜と2

Toheart2 イルファメイン


「あれ?珊瑚ちゃん、何書いてるの?」
 夕食後のゲームタイム中、ふと目を向けると珊瑚ちゃんがテーブルで何かを書いていた。
 ぱっと見る限りハガキ大程の大きさのようだけど、一体なんだろう?
「これか〜? これはサンタさんへのお手紙やで〜」
「へ?」
「だから〜、サンタさんへのお手紙〜。クリスマスプレゼントのお願い書いてるねん」
 鼻歌でも歌いそうなぐらい楽しそうな雰囲気を漂わせながら珊瑚ちゃんは便箋に向き直る。
 そうかサンタへの……って
 いやな予感がしてリビングのカレンダーへを目を向ける。
 今日の日付は12月の……11日。
 一般的にサンタの出番となっているクリスマスまで後2週間。
「まずい……」
 今の今までクリスマスというイベントを忘れていた事に気付いた。
 明日、早速プレゼントを探しに行かなきゃな……。
 クリスマスを忘れていた事を心の中で皆に謝りつつ、俺はそう心に誓ったのだった。


     *     *     *


 翌日。
 クリスマスが近い日曜日という事もあり、商店街は何処もかしこもクリスマスセール一色となっていた。
「さて、と」
 きたはいいけど何を買おうか。
 瑠璃ちゃんには料理関係のアイテムが一番いいような気はするけど、珊瑚ちゃんは……?
 以前雄二と4人でデートに行ったときに、ぬいぐるみを喜んでいたけれど、あれは瑠璃ちゃんにプレゼントする為のものだった。
 珊瑚ちゃんが欲しそうな物といったら何があるんだろう? パソコンのパーツとかだろうか?
「……そういうのはさっぱり解らないな」
 タマ姉ほどの機械オンチという訳ではないが、パソコンに詳しいわけでもない。
 下手なものを買っても役に立たない可能性だってあるだろうし、何よりそういうのは意外と高いのだ。
 バイトもろくにしていない高校生がおいそれと買える物じゃない。
 となるとやっぱりぬいぐるみとかになるんだろうか……。
 そんな事を考えながら雑貨屋を通りかかると、そこに珍しい顔を見つけた。
 ファンシーなタイプの文房具を見ながら何やら考え込んでいるようだ。
 その様子が気になったので声をかけてみる。
「イルファさん?」
「た、貴明さん! き、奇遇ですねこんなところで」
 声をかけただけなのに、イルファさんは何故かとても慌てていた。
「なんか慌ててるけど……どうかした?」
「い、いえ、突然声をかけられたものですから」
 イルファさんは何処となく焦っている様な笑顔で受け答えをしている。
 でも、何をそんなに焦っているのだろうか。
「た、貴明さんこそ珍しいですね」
「え、あ、あはは……まぁ、なんというか」
 頬をぽりぽりとかきながら苦笑する。
 どうしよう、本当のことを言うべきだろうか。
 でもクリスマスを忘れてたなんて言ったらどれだけ怒られるか……。
 少しだけ逡巡する。
 けれど、結局本当のことを話すことにした。
「実は、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんへのクリスマスプレゼントをすっかり忘れてて……慌てて買いに来たんだ」
「クリスマス……プレゼント?」
「うん。情けない話なんだけど、昨日珊瑚ちゃんがサンタへの手紙書いてるって言うのを聞くまですっかりその事を忘れてて……」
 バツが悪そうに打ち明ける。
 てっきり怒られるものだと思っていたら、イルファさんの反応は意外なものだった。
「た、貴明さん……」
「は、はい?」
 イルファさんはまるで愛の告白でもするかのようにもじもじとした様子で言葉を続けた。
「その、ですね、貴明さんさえよろしければ一緒にプレゼントを選ばせて頂きたいのですが……」
「……へ?」


     *     *     *


「つまり、イルファさんもクリスマスの事を忘れてたっていうこと?」
「……はい、お恥ずかしながら」
 イルファさんはしゅん、とうなだれた様子で答える。
 つまりはこういうことらしい。
 昨夜の俺と珊瑚ちゃんの会話を聞いていたイルファさんは、俺と同じようにクリスマスの事を忘れていた事に気付いた。
 そして、俺と同じように珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんに贈るプレゼントを探す為に商店街へやってきた。
 けれども一体全体何をプレゼントすればいいか解らず、雑貨屋をうろうろしていたところで俺と遭遇――というわけだ。
 ――まぁ、なんというか。
「イルファさんでもそういうことってあるんだね」
「言い訳がましくなってしまうのですが、最近はミルファちゃんとシルファちゃんのことにかかりっきりになってまして……」
「……あぁ、なるほど」

 そういえばそうだった。
 イルファさんの妹たちであるミルファとシルファがいよいよ本格稼動するらしく、イルファさんは最近来栖川のラボに詰めている事が多くなっている。とは言っても何かをするわけでなく、ただ妹の様子が心配で見に行ってるという事らしいのだけど。
「家事もめっきり瑠璃様にお頼みする事が多くなってしまって、なんとお詫びをしてよいか……」
「うーん、そんな大げさに考える事もないと思うんだけどなぁ」
 元々瑠璃ちゃんは家事好きだし、腕もいい。今のようにイルファさんが忙しくなる前は腕が鈍るという愚痴(本気ではないだろうけど)を良く聞いていた気がする。それに、妹を心配するイルファさんの気持ちは、瑠璃ちゃんも良く解ってるだろうし。
「それは一応解っているつもりなのですが、ご迷惑をお掛けしているのも確かですし……その分の気持ちも込めて瑠璃様と珊瑚様にプレゼントをお贈りしたいのです」
「うんうん」
「ですが、なにぶん誰かに贈り物というものをしたことがないので何を買えば良いか解らず……」
「なるほどね」
 確かにそれはあるだろう。
 イルファさんにとって、買い物といえば食料品や生活雑貨ばかりだっただろうし、本当の意味で瑠璃ちゃんや珊瑚ちゃんへ贈り物をした事もなかっただろう。
 こちらとしてもイルファさんがいれば2人の趣味なども解るだろうし、色々とありがたい。
「わかった。俺でよければ協力するよ」
「貴明さん……ありがとうございます!」
「いや、こっちもイルファさんが一緒の方が都合がいいから」
「はい?」
「女の子が沢山居る場所に男1人でっていうのはちょっと、ね」
「……ふふ、ではもちつもたれつということで」
「うん、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
 お互いぺこりと頭を下げる。
「……はは」
「……ふふふっ」
 ほんの少し前まですごく困っていたはずなのに、今はもうなんとかなる気がしている。
 それが妙に可笑しくて、つい笑ってしまった。


     *     *     *


 珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんへのプレゼントは次の週末に買いに行く事になった。
 まぁ商店街でたまたま会った時点でもう夕方になりかけていたのだし、妥当といえば妥当だろう。
 まだ時間はあるのだし、焦って適当なものに決めてしまうのもよくない。
 と言う訳で、次のミッションは一週間後。
 それまでににイルファさんが少しでも2人の欲しいものを探ってくれる。
 そして俺は周りの知り合いから情報を仕入れる事になった。
「じゃあ、また来週ってことで」
「はい、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 姫百合家のマンションまでイルファさんを送る。
 折角なので夕飯をご一緒にと誘われたけれど、残念ながら今日は既に柚原家にお呼ばれしていたので丁重にお断りした。
 エレベータに入っていくイルファさんを見届けてから帰路に着く。
 さて、来週までの間はどうしようかな……。
 情報を仕入れられる宛ては無くはない。
 けれども果たしてそんなに簡単に情報が集まるものだろうか。
 一抹の不安が心をよぎる。
 駄目だ駄目だ。こういう考えだったら上手く行くものも行かなくなる。
 頬をピシャリと叩いて気合いを入れる。
「イルファさんだって俺を頼りにしてくれてるんだし、俺がしっかりしなくちゃな」
 よし、まずは最も近い人に聞く事にしよう。


「プレゼント?」
 柚原家での夕食の席。
 俺の言った言葉の意味を噛み締めるようにこのみは首を傾げた。
「そ、プレゼント。このみだったら何が欲しいかと思って」
 このみの顔がぱあっと明るくなる。
 それと同時に、俺はしまったという思いに駆られた。
「タカくん、このみに何か買ってくれるの?」
 そうなのだ。
 今の言い方ではまるで俺がこのみに何かを買ってあげようと思っているように取られてもなんらおかしくはない。
 というか実際とられてしまった。
「いや、まぁ、その、なんというか……」
 返す言葉に詰まる。
 苦笑いしか出来ずにいると、春夏さんが口を挟んできた。
「このみ、あんまり無理言っちゃ駄目よ。タカくんのことだからそういうつもりじゃなかったんでしょうし」
「え〜」
「あ、あはは……まあなんというか、ごめん」
「せっかく欲しい服があったのにぃ」
 つまらなそうな顔をするこのみとは対照的に、涼しい笑みを浮かべる春夏さん。
 危ないところだった。
 春夏さんの助けが無ければ余計な出費が出てしまうところだ。
 決して懐に余裕があるわけでない現状としては、目的以外の出費はなるべく控えたい。
「それよりこのみ、ちょっとお皿洗っててくれる? お母さん、タカくんと少し話があるから」
「え?」
 春夏さんの一言に思わず耳を疑う。
 今日、何か話があるなんて言われてたっけ?
 実は海外に居る息子をほったらかしの親から何か伝えられている、とか?
 ちょっと考えてみるが、心当たりがまるでない。
「じゃあタカくん、ちょっとリビングにいいかしら」
「あ、はい……」
 俺と春夏さんがテーブルを離れリビングに向かう。
 それとほぼ同時に、このみも食器を持って流しへと向かっていく。
 リビングのソファに腰掛けて数秒、ジャーという水の流れ始める音を確認すると、春夏さんはちょっと呆れたような溜息をついてこちらに向き直った。
「で、何があったの?」
「え、なんのことですか?」
「プレゼントのことよ。タカくんが突然あんな事を言い出したのは、何か理由があるんでしょう?」
「うぐっ」
 前置きも何もない直球の攻めに、思わず言葉が詰まる。
 どうしよう、ここは何事もなかったかのように交わすべきだろうか。
「その、ですね……実は」
 一瞬ごまかそうかと考えたが、春夏さんには今まで嘘を言っても通じた試しが無い事を思い出す。
 結局、俺は正直に話す事にした。


「なるほど、それでねぇ……」
「なにぶん女の子の喜ぶ物なんてどういうものだか解らないので、このみの意見を聞いてみようかな、と」
 話を聞いた春夏さんは、何故か妙に嬉しそうな顔をしていた。
「ふふ、タカくんもそういう事で悩む年頃になったのね」
「は、春夏さん……」
 春夏さんは、それこそ小さい頃からずっと俺たちのことを見続けてきた人だ。
 ある意味ではもう1人の母親と言っても過言ではない人にそんな事を言われてしまうと、恥ずかしい事この上無い。
「ま、そういうことなら私から一つだけアドバイスをあげるわ」
「え、ほ、ほんとですかっ」
 思わぬところからの助け舟に、思わず身を乗り出す。
「タカくん、女の子はねモノに拘るわけじゃないの」
「モノに、拘らない?」
「そう。女の子が欲しいのはモノ以上に、男の子の気持ちなのよ」
「…………」

 どういう事だろう。
 モノよりも、気持ち……?

「ヒントはこれだけよ。1から10まで助けられちゃ男の子のプライドがすたっちゃうし、ね」
「え、でも……」
「今の言葉がどういう意味か、それはタカくん自身で考えなさい」
 そう言うと、春夏さんはソファから立ち上がり、キッチンへと向かう。
 どうやらこれ以上のヒントは本当に貰えないようだった。
「う〜ん……」
 1人リビングに残された状態で考える。
 モノに拘らない。そして、モノよりも、気持ち。
 それはつまり、贈るものは何でも構わないという事なのだろうか。
「でもそれって……」
 結局、どうすればいいんだろうか……?


     *     *     *


「貴明さん、どうされたのですか?」
「え、あ、なんでもないよ」
 翌週末。
 俺とイルファさんは約束通り商店街に集まっていた。
 目的は勿論、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんへのプレゼントを買うこと。
「うーん……」
 先ほどから様々な品物を見ては首を捻り続けている。
 結局、一週間経っても春夏さんのくれたヒントの意味は良く解らなかった。
 モノに拘らない。そして、モノよりも、気持ち。
 言葉通り取るならば、別にクリスマスプレゼントなんて何でも良い、という事になってしまう。
 けれど、それは違うと思うのだ。
 であれば、一体何が正解となるのだろうか……?
「……さん、貴明さん?」
「う、え?」
「もう、本当に今日は何かヘンですよ。体の調子でもおかしいのですか?」
 気がつくと、イルファさんが下から覗き込むようにしてこちらを見ていた。
 そのあまりの距離の短さに、思わず顔が赤くなる。
「い、いや、その、本当になんでもないから!」
 慌てて顔を逸らして、辺りの商品を見回す。
 そして、適当なモノを一つとって、イルファさんに見せた。
「ほ、ほら、こんなのとかどうかな?」
「こ、これは……どうなんでしょうか」
 イルファさんは妙に困った顔をしている。
 そんなにおかしなものを出したのだろうかと思い、自分が掴んだものをよく見てみる。
「げっ!」
 樋口一葉を越える値段がつけられたそれは、真っ赤な布地の端に、白のラインが入ったクリスマスの定番衣装。
 所謂サンタクロースのコスチュームだった。
 しかも、どうやら女性用らしく、下がズボンではなく、ワンピースタイプのスカートとなっている。
 いや、不必要品かと問われればそうではないだろうが、少なくともクリスマスプレゼントとしては失格品だろう。
「ご、ごめん間違えた!」
 慌てて他に良い商品が無いかと目を光らせる。
「貴明さん、やっぱりおかしいです」
 後ろの方でイルファさんが声を挙げた。
「何か悩み事でもあるのですか? もしそうでしたら、私でも聞く事ぐらいは出来ますから、何でも話してください」
「イルファさん……」
「貴明さんはもう、珊瑚様や瑠璃様……それに、私とも家族なのですから」
「うん……ごめん」
 正直に謝る。
 確かにここ数日の俺は、春夏さんから出されたクイズのようなアドバイスの事ばかり考えていた。
 元々の目的は珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんへのプレゼントを買う事なのだ。
 その為のアドバイスとはいえ、そのアドバイスの意味しか考えなくなってしまっては意味が無い。
「先週、とある人からアドバイスを貰ったんだ。モノに拘るよりも、気持ちが重要なんだって」
「気持ち、ですか?」
「うん」
「気持ち……」
 イルファさんはそれを聞いてなにやら考え事を始めた。
「それはつまり、贈り物をする際にはモノ自体よりも、そこに込められた気持ちが重要だという事でしょうか」
「……うん、多分」
「なるほど……」
 イルファさんは俺の答えを聞いて、少しの間だけ思案に耽った。
「それはつまり、貴明さん……もしくは私たちが、本当に珊瑚様と瑠璃様の事を考えて選んだプレゼントならば、どんなものでもお2人は喜んで受け取ってくださる、という事でしょうか」
「2人の事を考えて……」
「はい。プレゼントとは相手に喜んで頂きたい、という思いの下に贈られるものだと思います。例えどんなに良いものであっても、それに気持ちが入っていなかったら決してお2人はお喜びにならないのではないでしょうか」
「…………」
 そういう事……なのか?
「てことは、つまり……」
「お2人が喜ぶかどうかではなく、貴明さんが贈りたいと思ったものを贈られるのが正しい、という事だと思います」
「…………」
 なんて、ことだ。
 俺が一週間かけても解らなかったのに……イルファさんは一瞬で解き明かしてしまった。
「イルファさん」
「はい?」
「ありがとう。なんか、どうすればいいのか解った気がする」
「……はいっ」
 お礼の意味も込めて、精一杯の笑顔を返す。
 イルファさんは、本当に――凄い。
「じゃあ、改めてプレゼントを選ぼうか」
「はい、行きましょう」
 イルファさんと再び並んで歩き出す――ところでピタリと足が止まった。
 あれは――
「貴明さん?」
「あ、ごめん。ちょっと先に行ってて、その、トイレがさ」
「あ、は、はい。畏まりました。では次のお店の前で待っていますね」
「うん、お願い」
 イルファさんが再度歩き出したのを見て、こちらも反転する。
 そして数歩歩いたところで足を止めた。
「えーと……」


     *     *     *


「さて、こんなところかな」
 一旦考えが定まってしまえば後は早かった。
 あれだけ何を贈ろうか悩んでいたのが嘘のように、プレゼントはあっさりと決まった。
 イルファさんの方も決まったようで、手にはプレゼントが入っているであろう紙袋がある。
 これで後は当日にプレゼントを渡すだけなのだ。
 春夏さんには感謝しないとなぁ……。
「あ、貴明さん」
「ん、何か買い忘れ?」
「いえ、その、なんと言いますか……やってみたい事があるのですが」
「やってみたい事?」
「はい、折角のクリスマスですし……」
 イルファさんは一旦そこで言葉を区切ると、俺の傍に寄ってきて耳打ちをしてきた。
「……という事をやってみたいのですが、どうでしょうか」
「え、えぇ!?」
「駄目……でしょうか」
「いや……いいと思うけど」
 それはなんというか、物凄く恥ずかしい。
 いや、俺がっていう訳じゃないんだけど。
「で、ではもう一つお願いが……」
 再びひそひそと耳打ちをしてくるイルファさん。
 今度の内容は、先ほどのよりももっと衝撃的だった。
「……というのはどうでしょう?」
「それって……俺が、だよね?」
「はい」
「やらなきゃ、駄目?」
「勿論無理に、とは言いません。ですが、その方が雰囲気が出ると思いましたので……」
 イルファさんはこちらの顔色を伺うように見ている。
 正直、今のイルファさんの提案は物凄く恥ずかしい。
 けれど、一年に1回こっきりのことだし、正直ほんの少しはやってみたいとも思う。
「…………解った、やるよ」
「本当ですかっ」
 イルファさんの表情が一転してぱっと明るくなる。
 そんな顔をされては、断れる筈も無かった。
「では、早速準備をしなければいけませんね」
「ん……でも、そんなお店ってあったっけ?」
「ありましたよ。多分、貴明さんの方のもあると思います」
「マジで!?」
「はい、早速行きましょう!!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
 言うが早いか、イルファさんは俺の手を取ると一直線に目的地に向かいだした。
 その勢いに気圧されながらも、なんとかついていく。
 そこからの展開はさらに速かった。
 目的のものは良いか悪いかは別にしてあっさりと買えた。
 そして、買ったプレゼントを保管するために家に向かい到着するまでの間、イルファさんは一度も手を離してくれなかった。


     *     *     *


 そして、肝心のクリスマス・イブ当日。
「えーと……今からだと戻ってくるまでに30分ってところかな?」
「そうですね」
 俺とイルファさんは姫百合家のマンションの前で話をしていた。
 ついさっきまで、俺はいつも通り姫百合家で皆と一緒の時間を過ごしていた。
 途中で珊瑚ちゃん達のご両親からプレゼントが届いたり、いつもより気合の入った瑠璃ちゃんとイルファさんの合作料理があったりと、普段よりもちょっとだけ贅沢な時間だった。
 その後、夜も遅くなり、俺は珊瑚ちゃんたちに帰る旨を告げた。
 既に珊瑚ちゃんは半ば夢現で、いつもより頑張って家事をこなしていた瑠璃ちゃんも疲れが見えたため、2人はもうご就寝の方向へ。
 イルファさんは俺を送るという名目で外へ出てきていた。
「じゃ、30分後にまたここで」
「お待ちしています」
 作戦開始予定は日付が変わるぐらいのタイミングだ。
 最後に頷きあってから、俺は家路につく。
 家までは問題なく到着する事が出来た。
 再出発する前にもう一度荷物を確認する。
 プレゼントに、イルファさん提案のアレ、それに――
「ん、全部あるな」
 最後の確認を終えて家を出る。
 後は、最後の仕上げだけだ。


 30分後、再びマンションの前へ戻ってくると、イルファさんが丁度エレベータから出てくるところだった。
 丁度良いのでそれに乗り、そのまま姫百合家へと向かう。
「2人はもう眠ってる?」
「はい、ぐっすりです」
 でも念の為お静かに、というイルファさんに頷いてエレベータを降りる。
 姫百合家の家のドアを極力静かに開けて中に入る。
 そのまま俺とイルファさんは入り口のすぐ脇にある客間に向かった。
「では貴明さん、例のモノをお願いします」
「……ほんとにやるの?」
 既に声はひそひそと囁くレベルで会話がされている。
「勿論です。だってその方が『らしい』じゃないですかっ」
「まぁ、そうだけど……俺もやるんだよね?」
「はいっ」
 やらない筈がない、と信じているような笑顔。
 そんなものを見せられては乗り気ではなくてもやらない訳にはいかない。
「はぁ……解った。じゃあ俺は廊下で準備するから」
「え、ここでなさるのでは?」
「そうしたらイルファさんは何処で準備するのさ」
「それは勿論ご一緒に……」
「ぶモゴッ!?」
 思わずヘンな声を漏らしてしまいそうになり、瞬間的にイルファさんに口を塞がれる。
 ていうか、この人は何を言っているんだ!
「ぷはっ、ってか一緒に着替えるとか出来るわけないでしょっ」
 イルファさんの手を離してから再び小声で答える。
「貴明さんは私に興味がないと仰るんですね……」
「え、いや、ちょ」
「うぅ……悲しいです……ぐすっ」
「イルファさん……」
 イルファさんは悲しそうに顔を伏せる。
 ……このパターン、何処かで見た気がするんだけど。
「イルファさん……それ、嘘泣きだよね」
「あはっ、バレてしまいました。……貴明さん、成長なさいましたね」
 少しも悪びれずに答えるイルファさん。
 くそう、俺だっていつまでも騙されてばっかりじゃないんだぞ。
「とにかく、俺はドアの向こうで着替えるから。終わったら軽くノックして教えて」
「解りました」
 イルファさんに包みを渡す。
 それと同時に自分用の袋を取り出して、俺は静かに部屋の外に出た。
「さて……と」
 大きく息を吐いてから観念したように袋の中身をみやる。
 口からみえるものは明るい茶色の生地。
 奥の方にはこげ茶色の細長くてクネクネしたものがついている。
「んぐ……」
 一度喉を鳴らしてから覚悟を決めて袋から取り出す。
 取り出されたのは、トナカイの着ぐるみだった。
 ご丁寧に背中がファスナーとなっていて、フードに角がついており、顎の下で付け留めが出来るようになっている代物だ。
 そう、先週イルファさんが買い物中に提案したのはコレだったのだ。
「……着るか」
 覚悟を決めて背中部分のファスナーを降ろす。
 全身一体型というのは着るのが簡単なのがいいところだと思う。
 着ぐるみ式なので今着ている服を脱ぐ必要性もない。
 足と手をそれぞれ通し、脇から、下から、上からと可能な限りの方法を駆使してファスナーを上げる。
 仕上げにフードを被ると、見事な貴明トナカイの完成である。
「…………絶対似合わないよな、これ」
 実際に着てみた一番初めの感想はそれだった。
 一応承諾はしたけれど、やっぱりこれは俺に合ってそうにない。
 どうしようかと考えていると、後ろの方で軽く二回ドアがノックされる音が聞こえた。
「どう?イルファさん」
 ドアを軽く開けて中を確かめる。
 と、思わず全身の動きが止まった。
 何故なら、そこにいたのは。
「ど、どうですか……」
 いつもの青を貴重とした服装ではなく、赤い布地に白のラインが入ったワンピースにロングスリーブ。
 手は被りなおそうとしている帽子にかけられている。
 所謂サンタクロースの姿をしたイルファさんがそこにいた。
 思わず一瞬見惚れてしまう。
「――に、似合ってるよ」
 なんとかそれだけを口に出す。
 イルファさんは帽子を直し終えると、恥ずかしそうにありがとうございます、と微笑んだ。
「じゃ、じゃあいこうか」
 プレゼントが入った袋を抱えながら、外に出る。
 イルファさんも静かに続いた。
「では、ここからはなるべく無言のままで」
 了解、と親指と人差し指でわっかを作って合図する。
 イルファさんはそれを見て頷くと、静かにリビングの中を歩き始めた。
 真っ暗闇の中、頼りになるのは僅かに先を歩くイルファさんと、自分のおぼろげな記憶だけだ。
 とはいっても豪邸のように広いわけではなく、ましてやトラップも仕掛けられてはいない為、思ったよりもあっさりとロフトの下までたどり着いた。
 梯子階段の一段目に足を掛けた状態でイルファさんが振り返る。
 人差し指が自分を指して、ロフトの上に向いた後で俺の持っている袋を指す。
 つまり、イルファさんが上ってプレゼントを置いてくるから、渡してくださいって事だろうか。
 とりあえず「珊瑚」と付箋が貼られた箱を取り出す。
 イルファさんはそれを受け取ると、またぴっと人差し指を立てた。
 もう一つってことか。
 袋の中を漁って、付箋が貼られた袋を取り出す。
 イルファさんは両方を受け取ると、片手で二つを器用に抱えてロフトを登りだした。
「………………」
 下からでは聞き取れないが、何か声が聞こえる。
 イルファさんが何かしらを語りかけているのだろうか。
 ……って、うわっ!
 物凄い事に気付いて、俺は瞬間的に目を逸らした。
 イルファさんは今、スカートタイプのサンタ服を着てロフトを登っている。
 という事は、つまり、その、下からだと見えてしまうわけで。
 何が、とかは聞かないでくれると助かる。
 色々と俺が大変な事になるから。
 そんなこんなで悶々としていると、イルファさんが下りてきて肩をたたいた。
 思わずビクッと体が震える。
 イルファさんも一瞬びっくりしたようで、どうしたのかと目線で訴えてきた。
 慌てて首を振ってなんでもないよ、と答える。
 イルファさんはちょっと不思議そうにしていたが、やがて人差し指を立ててから、中指を追加で立てるジェスチャーをしてきた。
 今度は瑠璃ちゃんの分を持って上がるから、その分を渡してくださいという事だろう。
 先ほどやったようにわっかを作って答えて、袋から先ほどと同じような箱と袋を取り出す。
 イルファさんはそれを受け取ると、先ほどと同じように片手でスルスルと登って行った。
 今度は間違って見てしまわない様に早々に顔を背ける。
 数十秒ほどそうしていると、全てを終えたらしいイルファさんがまたトントンと肩を叩いてきた。
 振り返ると、そこに見えたのは満面の笑みとさっきまで俺がやっていた親指と人差し指でつくったわっか。
 どうやら何事もなくプレゼントを渡し終えたらしい。
 良かった、と思いつつ指で玄関の方を指す。
 とりあえずは安全なところまで退避すべきだろう。
 イルファさんも異論はないようで、こくりと頷くと静かに、だが足早にロフトを後にした。


 客間に入ってから、一段階落とした明かりをつける。
 今まで暗闇だけだった周囲が、一瞬で色を持った世界に変わった。
「お疲れ様でした、貴明さん」
「イルファさんもお疲れ様」
 頭のフードを取りながら答える。
 とりあえず、これで一段落。
 後は、明日プレゼントを見つけて喜ぶ2人の姿を想像して待てばいい。
「今回は本当に助かりました」
「や、こっちこそ助かったよ。イルファさんが居なかったらどうなってたか」
 ひょっとしたら春夏さんの言葉の意味が解らずにプレゼントの用意が出来なかったかもしれない。
 いや、それ以前に商店街でどうしようか悩んで路頭に迷っていたかもしれないのだ。
 本当に、イルファさんが居てよかった。
「そう言って頂けると光栄です」
 イルファさんはちょっと恥ずかしそうにはにかんだ。
「ところで、貴明さんは珊瑚様と瑠璃様に何をプレゼントなされたのですか?」
「あーうん、実は手袋なんだ」
「手袋?」
 ちょっと意外、といった表情だ。
「うん、実は商店街に色んな種類の色の毛糸や毛糸製品を売ってるお店があるんだけど」
 あぁ、とイルファさんは相槌をうつ。この辺りでは結構有名なお店だからイルファさんも当然知っていたのだろう。
「そこに丁度よくというかなんというか、2人の名前の色の手袋があったからさ」
 そう、俺が2人に送ったのは珊瑚色と瑠璃色の毛糸で編まれた手袋だった。
 それも、ただ2人の名前と一緒の色だと面白くないだろうという事で、珊瑚ちゃんの方には珊瑚色の右手と瑠璃色の左手、瑠璃ちゃんの方には瑠璃色の右手と珊瑚色の左手をそれぞれ入れてある。
「ま、2人を象徴できてれば良いかな、って感じだったんだけど」
「とても良い考えだと思います」
「ありがと。で、イルファさんは何をプレゼントしたの?」
「私は、お2人専用のティーカップなどを」
「へぇ……なるほど」
 ティーカップという路線は思いつかなかった。
 けれど2人一緒のティーカップというのはいいかもしれない。
「さすがイルファさん。いいアイディアだね」
「ありがとうございます」
「で」
 俺は一旦話を区切ると、袋の中に手を入れる。
「実はプレゼント、もう一個あるんだ」
 取り出したのは包装紙で包まれた大きめのもの。
 今回の俺のとっておきだ。
「はい、イルファさん」
「え……?」
「イルファさんへのクリスマスプレゼントだよ」
 言いながらイルファさんにプレゼントを渡す。
 イルファさんは何が起こっているのか解らず、半ば放心状態だ。
「え、あ、あの、その……これを、私に……ですか?」
 信じられないと言わんばかりのイルファさんに、開けてみて、と声を掛ける。
 イルファさんは恐る恐ると言った様子で包みを少しずつ開けていった。
「あ…………」
 中から出てきたのは、イルファさんの髪の色に近い、スカイブルーのコート。
「丁度イルファさんに似合いそうなのを見つけたから。こんなの一つで普段のお礼、とはとても言えないけど」
「貴明さん……ありがとうございます。本当に……嬉しいです」
 イルファさんは本当に大切そうにコートを抱きしめていた。
 良かった。喜んでもらえたみたいだ。
 春夏さんの言っていた事を少しでも実行できたという事だろうか。
 春夏さんには後でお礼を言っておかないとな。
「あ……でも」
「どうしたの?」
 一瞬でイルファさんの表情が不安げなものへと変わった。
 どうしたんだろう、何かマズい事でもあったのだろうか。
「どうしましょう……私、貴明さんへのプレゼントを用意していません」
「なんだ、そんな事。別に気にしなくても良いよ?」
 そう。このプレゼントは所詮俺の思いつきなのだ。
 むしろこれでお返しに何か、なんて言われた方が困ってしまう。
「いえ、こんなに良いものを戴いてしまってそうは参りません。何か……あ」
 きょろきょろと辺りを見回していたイルファさんは、何かに気付くと一瞬動きを止めた。
「貴明さん」
「なに?」
 イルファさんはもじもじとしながら胸の前で手を組んでいる。
「その、私からのプレゼントなんですけども……その、私自身ということでは如何でしょうか……?」
「……え?」
「ですから、その、私自身を、貴明さんにプレゼント、というのは……駄目でしょうか……」
 イルファさんは熱っぽい瞳でこちらを見ている。
 よくよく見れば、イルファさんが今着ているサンタ服はかなりセクシーなものだ。
 おまけに、ここに来てさっき見えてしまった映像がフィードバックしてきたりしていて、思わず生唾を飲んでしまう。
 やっぱり、そういう……意味、だよ、な?
 予想外のイルファさんの行動に、どうすればいいか解らなくなる。
「や、その、ね、イルファさん」
 なんとか言葉を紡ごうとする。
 が、今のイルファさんにそれは通じない。
「今の私には貴明さんに形として残るものを差し上げる事は出来ません。だからせめて、情熱的な思い出を残していただきたいのです」
 イルファさんがゆっくりと迫ってくる。
 俺も同じぐらいの速度でゆっくりと下がる。
 また一歩、イルファさんが近づく。
 俺もまた一歩分下がる。
 二歩、三歩……と続けていく内に、ベッドに当たって行き詰ってしまう。
「貴明さん……」
「イルファさ……むぐっ!?」
 熱く、とろけるようなイルファさんの唇。
 体ごと絡めて離さない、イルファさんの情熱的なキスで、俺は動きを完全に止められた。
「ん……ちゅ……んぐ……」
 只のキスでは飽き足らず、口内にイルファさんの舌が侵入してくるのが解った。
 けれども、拒めない。
 抵抗したいという思いは僅かながら残っているのに、既に全身にその為の力は入らなかった。
 淫靡な音が響き渡る中で、俺の後ろから無機質なファスナーの音が聞こえる。
 犯人は確かめるまでもなく、イルファさんだ。
「んんっ……ぷはっ」
 ファスナーを下まで降ろしきると、イルファさんはようやく唇を離してくれた。
「イルファさん……」
「貴明さん、私のクリスマスプレゼント、受け取っていただけますか……?」
 先ほどと殆ど同じ質問。
 今度は、もう俺に断る選択肢は残っていなかった。
「……うん、ありがたく頂戴します」
 着ぐるみから抜け出して改めてイルファさんと向き合う。
 そして俺は、イルファさんからのクリスマスプレゼントを目一杯堪能したのだった。



 …………なお。
 この翌朝に何処かのマンションで関西弁の怒声と、若い男性の悲鳴が聞こえたり聞こえなかったりしたそうだけれど、それはまた別の話、ということで。


後書き

同様に2作目だったりするものです。
時が経つのは早いモノでもうこれの初稿上がってから3年以上経ってしまいました。
オチが同じなのはわざとです。


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